会長挨拶

化学工学が次の社会を創る


会長 藤原 健嗣

 このところ毎日の様に賑わしているキーワードを拾ってみると,1)ビッグデータ,AI,IoT,2)バイオ,ヘルスケア,3)環境・エネルギー等々。これらは,世の中を変えていくキーワードであり,化学工学的な実現目標を考えてみる。

 この三つの分野では,周辺のサイエンスや,社会ニーズが世の中に出現してきており,社会の変革が実現性を帯びてきている。今こそ化学工学が,これらを化学産業の中に具現化することで化学産業の新たな分野を切り拓いていく時代になったといえる。

1)ビッグデータ,AI,IoTと化学プラント

①安全への適用

 事故を形態として分けると労働災害,産業事故,環境事故に分けられ,また発生要因として分けると設備要因,誤操作等人的要因,自然災害等環境要因に分けられる。いずれの区分にしても,蓄積的情報を整理し,人の行動や設備改良により防いでいくものである。ここにセンサー情報の活用をビッグデータとして全面的に活用することで,プラントやプラント周辺の環境データも取り込み,外部社会への危害波及を大幅に低減でき,社会共存型の化学プラントに成り得る。また,オペレーターも監視,異常対応業務から,開発,予測型の業務へと変えることができる。こうしたニーズに基づくセンサーの開発,データベースの構築,社会との情報連携ネットワークの構築こそ化学工学の重要な分野である。

②設備管理への適用による大幅なコストダウンと安全向上

 上記の様なプロセスデータ及び保全データの質が大幅に向上することにより,危険状態の予知からさらに安全領域のみを用いた反応最適化による本質安全プロセスを開発できる。また,設備劣化等の経年劣化も予知できるところから,突発事故を防ぎ設備維持費の最適化が図れ,予防保全(PM),事後保全(BM),状態基準保全(CBM)から一歩進めたAIメンテナンスを確立することで,保全費は30%安価になる。

 運転についてもON,OFF準備等非定常作業も回避できるシステムになることにより不稼働ロスが減り,固定費の削減を図れることになる。また,需給バランス調整の為のプラントON,OFFについても,エンジニアリングクルーによる特別チームのバックアップだけで可能となれば,いわゆる固定費稼ぎの稼働もなくなり,安定した需給関係を構築できる。

③マルチプロダクト型のフレキシブルプラントへ

 従来の化学プラントは,目的製品は一つで,その製品をいかに安定安価につくるかが命題であった。しかし石油化学に代表されるような汎用型,大量生産プロセスでは付加価値が小さく,日本の化学産業は競争力を失ってきており,電子材料,光学材料,医療用材料等,機能性化学に転換している。このような機能性材料は,少量でかつ用途の寿命が短くその都度,先端特性を持つものを開発・製品化し続けることが必要で,研究,製品化,用途開発の同時進行型のプラントが求められる。

 ここにこそ,ビッグデータ,AIの出番である。化合物検索,試作,物性シミュレーション,マイクロリアクター,マイクロピュリファイヤー,ポリマー試作,その試作ポリマーによる3D加工品試作等,今やツールは整いつつあり,小ロット製品を容易につくり出すことができる。化学工学のシステムデザインにより,一つのプラントで一つの製品ではなく,要求に合わせたプロダクトミックスをつくり出せるマルチユースプラントが可能である。さらにこの思想を既存プラントに適用することができれば,償却済みのプラントを抱える日本化学産業の救世主になる。

2)バイオ,ヘルスケア

 創薬,臨床分野でのビッグデータ活用は,これから大いに期待の持てる分野であるが,ここでは化学産業としてこの分野のテーマを考えてみる。

 いま,日本が世界をリードしている細胞再生医療分野での化学工学活用を考えてみると,例えばiPS細胞を効率よく培養し,目的細胞膜を歩留まりよく生産するためには,表面工学を駆使した生体親和性のコントロール,膜のハンドリング,保存状態のコントロール,用途毎整形のための手法等,精密化学や機械が得意とするプロセス工学そのものの出番だと考えられ,これらの早い開発と標準化がこれからの世界での競争力となる。

3)環境・エネルギー

 例えば自動車の世界では,もう20年前からEV,FCVの出現が言われていたが,ここにきて急速に実現性が増してきた。当初の議論では,エネルギー効率的にも,環境負荷的にも,コスト的にも,Well to Wheelで本当に意味があるのかというものであったが,再生エネルギーの利用や,CO2キャプチャー技術の進歩,高効率2次電池の開発,さらには自動車自身の使い方(共有化,自動運転等)による社会負荷の低減と,周辺のサイエンスや社会ニーズがその解答を出しつつある。

 このようにエネルギー問題は単にエネルギー発生端,使用端の効率向上で解決すべきことではなく,社会全体のシステムとしての使い方に眼を向ける必要がある。スマートコミュニティとしての熱電併給システムや,スマートインフラによる必要エネルギー自体の低減には社会システム工学が重要である。

 従来の化学製品をつくるプロセス工学から,緩やかな,環境と共生できる社会システムをつくり出すシステム工学への変身で,化学工学は次の社会創出の主役になれる。