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私は,大学(熊本大学・理学部生物学科)を卒業後,2回の転職を経て,熊本大学に舞い戻ってまいりました。みなさんにどのようなメッセージをお伝えしようかといろいろと思案しましたが,上記テーマのこどく,マイペースな私の生き様を語ることに致しました。
私のライフワーク「エンドトキシン」との出会い:
熊本大学を卒業後,熊本市内の出田眼科で医療助手を1年半経験後,化学及血清療法研究所の技術嘱託職員となりました。ここでは,主に百日せき・ジフテリア・破傷風等のワクチン製造部で,品質管理のための動物実験や新規なワクチンの開発に携わっていました。この間にワクチン中に微量残存する「エンドトキシン(発熱誘因物質)」の存在を知り,注射溶液からのエンドトキシンをピコレベル以下に低減させるのがいかに困難かを体験しつつ,契約期間である5年間があっと言う間に過ぎました。
いまから20年以上も前のことですが,高卒の女性は補助職の正職員として勤務しており,大卒の女性は総合職としてはなかなか雇ってもらえない時代でした。自分が女性であること,世の中はまだまだ男性社会であることを思い知らされました。ここでの経験から学んだことは,たとえ正職員でなくても仕事は楽しめるということ,人との出会いはチャンスだということ,ついでに,わりと逆境に強く能天気な自分に気がつきました。
研究者として:
幸運にも,30才のとき,熊本大学工学部の助手として,新たな仕事をスタートすることができました。平山教授との出会いは,勤めていた研究所の上司から紹介していただいたのがきっかけで,公募で採用していただきました。
ここから,エンドトキシンの選択吸着剤の開発に没頭していきました。助手としての仕事をしながら,10年ほどかかりやっと博士号(工学)を取得しました。この間,エンドトキシンとの関係は続き,科学研究費等の外部資金補助のもと,数年前にエンドトキシン吸着剤の商品化にたどり着くことができました。
現在は,核酸やタンパク質など生体関連物質の吸着剤の開発等,ライフサイエンスを柱に,世の中に役に立つ高分子材料の開発を目指しています。
主婦として:
33才の時,夫と結婚し,子供には恵まれませんでしたが,なんとか現在も仲良く暮らしております。夫は元自衛官で,現在,みかん農園と選果場を経営しており,私とはまったく異なる職についています。
家に帰り着くと普通?の主婦にもどっているつもりで,お互いに自分の仕事の愚痴などを言い合って,気分転換をはかっています。私どもの結婚生活で守っていることは,夕食はなるべく一緒にすること,仕事
以外の会話を楽しむこと,お互いに細かく干渉し合わないことなどでしょうか。
出張の多いこのごろ,毎日食事をともには無理ですが,家事をさぼっても,あまり文句を言わない我慢強い夫に感謝,感謝。
女性の教員&女性の学生:
現在,熊本大学工学部の化学系の学生数は3割を超えているにもかかわらず,教員の数は,27名中女性教員はたったの2名です。必然的に,女子学生から私への質問や人生相談も多く,昼休み時間では世間話で盛り上がります。
若手の女性研究者・技術者を育てていく上にも,女性教員は必要であると思いますが,未だ少な過ぎるのが現状です。大学内でも「男女共同参画」という言葉が頻繁に使われるようになりました。女性教員を増員させるための具体案などのアンケートを求められ,ちょっと困惑しているこのごろです。もうちょっと若いころにアンケートをとってほしかった。「女性が働く意欲の出る,あるいは研究意欲の出る大学環境とは」と問われても具体案はなかなか出てきません。それは,男性に比べ,女性の人生の方が,どう生きるかの選択肢が多いからです。何才で結婚し,何人子供を生むかなどで,女性の人生の歩幅も様々です。
人生これからの若い女性研究者へのメッセージとしては,「人生のステップアップの歩幅は自分で決めて,人に左右されないこと。決して自分が遅れていると焦らないこと。」
これからの男女共同参画:
もちろん,「男女同権」が日常的なものになり,女性がはつらつと,楽しみながら仕事ができる環境が理想ですが,現実には「男女共同参画」を実現させるには,解決しなければならない問題がいくつかあります。これまでの慣習や法律等が挙げられます。
また,男女の区別と差別の判断は,人によって異なっているし,はっきりとした線で区切れないのが正直な私の回答です。女性側からの意見や要求を掲げ,男性陣に戦いを挑んでも解決策は見いだせません。まずは,男性・女性の両方の歩み寄りから始めましょう。ひとりの人間として,どう生きるかを考えたいものですね。人生,マイペースでハツラツと!!
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