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女性会員からのメッセージ No.24
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生涯プロでありつづけたい−心の夏休みに−

東京農工大学大学院 塚田まゆみ

 と書くと相当大げさに聞こえますが、男女分野を問わず、また、程度の差はあれ、一度は目標にかかげ邁進し、また、挫折しながらも心の奥底に抱いて、そういう思いを少なからず心の支えにされてきた方は多いのではないでしょうか。私は元の文部技官、現在、技術専門職員として、途中退職して海外生活をした1年半を合わせますと25年近く勤務しています。25年というと十分キャリアウーマンと思われるかもしれませんが、技術のエキスパートでもなく、研究室の裏方に徹するでもなく、第一線の研究者ですといつも言い切れるでもなく、どっちつかずな仕事をしています。
私には3人の子どもがいますが、女性研究者をめざす方のための「理系の女の生き方ガイド」という5年ほど前の本は非常によく書かれていて、基本はその通りと思うところばかりですので、子育てをして研究していきたい方に限らずぜひ参考にして下さい。大先輩方の努力、行動力に頭が下がるばかりで、受け継いでいく義務があると思います。がどうしても、あまりに眩しすぎて、そういうふうに生き残れる意志の強い方々は今も昔も凛としてやってみえるように感じてしまいます。この本にも述べられている、「ポストが人を育てる」というのは、前々から意識してはいたものの、実にもっともで、多少意地を張っても仕事のチャンスを得ることが重要です。それなしでは、さらに茨の道を歩むか方向転換をすることになってしまうところでしょう。
今、いろいろな意味で、女性が研究者・技術者として活躍するためのチャンスが多様な時代を迎えています。国連国際婦人年より30余年、男女雇用機会均等法より20年、男女共同参画社会基本法より7年。新たに設定された文科省「女性研究者支援モデル育成」に私の勤務する東京農工大学は応募し、「理系女性のエンパワーメントプログラム」が全国10大学のひとつとして採択されています。昔に比べ、働き易い仕組みができている今、少し自信はないけど自分でもやってみたいという方々が上向き志向になれる、また、運に恵まれなかった方々が復活できるチャンスが拡がっている時代が来ていると思います。
その間私は、高校の恩師が「家庭科男女共修の先駆者」であったことにより男女共同参画問題の洗礼を受け、大学では「これから新しく女性に拓かれた道」と学科案内にも書き加えられた、安全工学を専攻しました。工学部全体で女性は2%程度という時代でしたが、それまで自分が学んできたことの先を学び、それを社会に役立てたいという気持ちの上では、女性の役割はきっとあるはずだと確信していたように思います。工学の幅広い分野を安全をキーワードに広く学び、例えば、プロセス安全工学という授業では、「化学プラント設計の基礎」を教科書に、基本設計だの、P&Iダイヤグラムだの、実物がわからないとちんぷんかんぷんでいました。工場見学の機会を早めに持ち実物に対するコンプレックスをなくすことが大事ですね(そういえば、小学生のころは化学プラントのパイプラインの走る下の道を自転車で突っ切って遊んでいたものでした)。ダイオキシンはイタリア、セベソの事故として導入教育から印象付けられ、アスベストの有害性は当然のように学んでいました。卒論では、福井謙一先生のノーベル賞受賞の年に、上原陽一先生のもとで量子化学を少しかじって発火危険性との関連を調べ、研究室の仲間たちは衣類の難燃化や流出石油のゲル化などに取り組んでいました。今の化学工学の分野と非常に密接に関連した教育を受けてきたものと思います。この時つけた基礎力は、後々非常に役に立ち(といってもそういう職に就くまで、1年間に勤めを2回も変わってしまいいろいろとご迷惑をおかけしましたが)、なかなか、200単位以上取得して学部を卒業するケースはないものと自己満足ですが誇りにしています。今ほど安全問題が脚光を浴びることはなく地味な学科でしたが、しかしこだわりのある人の集まりでした。
現職についてからは、OJTでほとんど毎日終電帰りの日々を送り、結婚前年の国家1種試験合格というステップアップのチャンスを見送ってしまい、結婚後は2児の出産を20代で、型どおり毎日、保育園の迎えの時間に追いまくられ、子どもが病気にならないかとびくびく綱渡り生活で責任ある仕事は引き受けられない中(危機管理の問題でバックアップ体制さえ想定して整えておけば良いわけですが)、主人の留学を機に2才と3才の子を連れて、退職して渡米。その時はWorking Visaも取らずに行ったため、フロリダ大学の化学工学の研究室にボランティア登録をして少し出入りした程度でした。子供たちは、容易にDay Care施設で預かってもらえ、自分の時間は維持できながらも、授業料を払っていればもとを取る、給料をもらっていれば義務を果たす、のどちらの立場でもなく、自由度がありやり方次第ではという反面、無理をしてまで仕事をする立場ではないという中途半端な暮らし方をしていました。語学学校に3ヶ月ほどですが通った期間は、南米をはじめとする各国から集まった学生と大変貴重な交流ができました。海外で日本のバブル崩壊を迎えながら、幸運にも復職でき、まもなく論文博士の取得というチャンスをいただきながらの3人目の出産で、またも、活発に活動できる機会を見送り、現在に至っています。3人も子どもが居たらさぞかし大変と思われるでしょうが、私の場合もし、仕事を続けていなかったり、家族を持っていなかったら、かえって今より迷いが多く苦悩の日々を送っていたのではないかと思います。子育ては、有無を言わさず待ってはくれないものなので、量や質の程度の差はあるにせよ、まず健康で、家族やまわりの方の理解・協力がある程度あれば、何とか切り抜けられるものと思います。
私の研究テーマは、はじめは流動層で、ここ7年ほどはより微粒子寄りの研究室におりますが、そこでの職務として、学生の教育の一端を担う点が挙げられます。なかなか、研究室のボスだけでは目が届かない手が回らないところをカバーし、質の高い指導をしていくこと、数々の卒業生のこつこつと残していった成果を論文や著書という形で世に出したいという願望を現在も強く持っています。また、農工大は化学工学分野において5年前にJABEEの認定を全国に先駆けて受けた2校のうちのひとつで、現在、その継続審査の時期を迎えており、そういった教育の質を支えるのも、私達の重要な役割で、何かあまりに渦中の人では気がつける余裕の無い、重要な点についてバックアップができているものと思っています。やはり、自分にしかできないと思える研究分野はあるもので、それに取り組んでいる時は睡眠時間を削っても、充実した日々が送れています。といっても体力・知力にも限りがあり、どうバランスを取るかが仕事においても家庭においても課題です。
世阿弥の花の年は通り越し、放っておけばプロの影もうすれゆく自分にとって、体をこわすほどの無理はせず、心に反するほどの荒っぽいことはせず、質の高い、役に立っていると思える仕事をしていくために、常に勝負をかけていかなければなりません。私の場合家庭と掛け持ちできる仕事にと初期から妥協してしまった面がありますが、時代は変わっています。人生ちょっとしたところに分岐点があり、いつも思うようにはいかなくとも希望をもって、あと、大げさでなくとも、所々に可能性が広がる種を蒔いておくことは大切ですね。結局自分を元気づけつつやっとこさ書いているような文で心もとないですが、やっぱり最後は、支えていただいているまわりの方々に感謝しつつ、一緒にがんばりましょう、に尽きます。


卒業記念(前列右から3番目が筆者)

塚田 まゆみ(つかだ まゆみ)氏
東京農工大学大学院工学府、技術専門職員
(最終学歴:横浜国立大学工学部安全工学科)
e-mail address: mtsukada@cc.tuat.ac.jp 
(2006.9.14 掲載)  

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