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女性会員からのメッセージ No.17
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副作用のない癌治療〜リポセラピー〜を目指して

崇城大学(旧 熊本工業大学) 松本 陽子

 私は大学(理学部化学科)で化学を学んだ後、現在の勤務先に就職しました。今から約25年前のことです。幸い、先生に恵まれ、研究テーマをいただいて学生達と共に実験し、学会発表し、論文にまとめるという研究生活を送らせていただきました。「これからは、若い人と女性の時代ですよ。」との上岡龍一先生の言葉は、理工系の女性が現在に比べて少なかった当時、大きな激励となりました。周囲の方々の協力を得て、薬学博士の学位をいただくことが出来ました。「生命」の営みに謙虚に学び、環境にやさしい、省資源型のバイオミメティックケミストリー(生体に学ぶ化学)に基づく研究展開に、ワクワクする日々を過ごしました。科学技術の発展が、人々の生活を便利に、豊かにしてきたのは確かですが、「両刃」でもあったため、ヒトや地球にやさしい技術が必要との認識が広がっていたのです。
 初めて、国際学会で発表する機会をいただいたのは、環太平洋国際化学会議です。5年に1度開催されるこの会議では、日本、米国をはじめ、環太平洋地域の国々の研究者がハワイに集います。この時は、まだ学位論文をまとめる前でしたが、話を終えて演壇を降りると、共同研究グループの米国の教授が、笑顔で「Nice talk!」とおっしゃったのを思い出します。海外においては、「女性研究者が日本に比べて大変多い」ということを目の当たりにすることが出来ます。博士研究員として過ごしたThomas R. Cech博士(1989年ノーベル化学賞受賞、現在崇城大学客員教授)の研究室にも、多くの女性研究者が在籍していました。
 さて、工学と医学の連携が、近年、盛り上がりを見せています。学部あるいは専門という垣根を超えて、新しい治療法や医薬品の開発に関する研究が行われています。これからお話するリポソームによる癌治療(リポセラピー)に関する研究は、上岡研究グループの多くの大学院生達の日々の努力の成果でもあります。90年代中ごろから、米国のゴードン会議においても発表し、海外の癌研究者からも大変関心を持っていただいています。
 ヒトの生涯につきまとう「生老病死」は、全て細胞の活動状態の記述に他なりません。細胞融合に始まるのが「生まれる」ことであり、細胞の正常な増殖、発育活動が「成長する」ことです。一方、老化は細胞機能の低下であり、「病」、とくに最も死亡率の高い癌の場合は、細胞における正常な遺伝情報の変化に帰因すると言われています。このような細胞も、有限のうちに「生」なる活動の終止符が打たれるのです。
 生命の化学進化の最終段階においては、細胞膜の構築が必要であったと言われています。即ち、遺伝子核酸や酵素、あるいは受容体タンパクも生命の活動を円滑かつ有効に営むための囲い(膜)が不可欠となります。極論すれば、細胞膜がなければ、生命は存在しません。遺伝子核酸、酵素タンパクおよび細胞膜は、生命の三大要素と言えるでしょう。
 細胞膜と同様の脂質膜から構成される小胞体(人工細胞膜)は、リポソームと呼ばれており、安全性に優れたドラッグデリバリーシステムのキャリアーとして、広く知られています。私達は、このリポソームを医薬工学的に展開する中で、薬を入れなくても、リポソームそのもので癌細胞の増殖を抑える効果を持つことを初めて見出しました。
 生命の最小単位と呼ばれる細胞。ヒトは、大人で約60兆個の細胞から成っています。細胞には、それぞれの組織に応じた寿命があり、細胞の死(プログラム死)によって生命が維持されています。
このような細胞の死に方をアポトーシスと言います。例えば、オタマジャクシがカエルになる時、尾はアポトーシスによって消去されます。アポトーシスの制御が崩れ、異常に増殖する癌細胞をアポトーシスに誘導出来れば、ソフトな癌治療につながると言われています。
 従来の強い制癌剤は、癌細胞を強引に破砕するため、残留物が再び炎症や癌を引き起こしてしまう恐れがあります。しかし、アポトーシスは、バラバラになった癌細胞をマクロファージ(大食細胞)がきれいに食べてしまうので副作用の心配がありません。細胞や核の中のDNAをバラバラに「断片化する」のがアポトーシスの特徴であり、バラバラになったDNAを検出することが可能です。果たして、私達のリポソームは癌細胞に対してのみアポトーシスを起こし、正常細胞には毒性のない理想的な癌治療薬の可能性が明らかになりました。
 このリポソームに、さらに「糖」の機能を付与することを創案し、糖含有リポソームがヒト癌細胞の増殖を抑制することを見出しました。糖は、生体内においてエネルギー源となる重要な役割を担っているだけでなく、細菌や植物の細胞壁を形成したり、核酸をはじめとする生体分子の構成要素でもあります。また、糖の認識機能は、細胞間の情報伝達に重要な役割を担っています。一方、癌細胞の周囲の水は、正常細胞の場合に比べて運動性が活発であると考えられています。糖には、水の運動性を低下させる(水の構造化と呼ばれている)働きがあることが知られており、糖含有リポソームによって癌細胞の周囲の水が構造化したことも一因と考えられます。
 リポソームによる癌治療は、細胞レベル、動物レベルでの癌抑制効果および安全性が明らかになった後、生命倫理委員会で承認後、臨床応用において患者に投与され、治療効果が得られています。制癌メカニズムの全容は、アポトーシスの細胞内シグナル伝達が明らかになり、昨年、癌の国際誌に公表されました。副作用のない疾患治療という人々の願いを叶えることが出来れば、大変嬉しいことであり、目標でもあります。
 現在、生物生命学部応用生命科学科医用生体工学講座におりますが、女子学生が学科の1/3を占め、よく励んでいます。真面目さ、根気強さ、緻密さといった一般的な特性は、文献検索、データの蓄積等を必要とする科学に、とても向いているのではないかと密かに考えています。崇城大学では、博士課程の学生は助手を兼ねており、学費の心配なく研究を続けることが可能です。近い将来、女子学生の中にも博士課程進学希望者がいることと楽しみにしています。


講座の女子学生の皆さんと(前列中央が筆者)

松本 陽子(まつもと ようこ)氏
崇城大学生物生命学部
応用生命科学科  教授

e-mail address: matumoto@life.sojo-u.ac.jp 
(2006.2.1 掲載)  

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