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女性会員からのメッセージ No.6
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いつのまにか科学者のはしくれに
成蹊大学工学部 青柳 里果
まずは企業に就職
 学生時代には早大化工系人工臓器の研究室に属し、研究をとてもおもしろいと思いましたが、会社でも研究はできるし早く収入を得て自立したいという気持ちが強く、修士を卒業後は外資系企業に就職しました。私が勤めたのはP&Gという関西にある会社です。関西文化も新鮮だったのですが、所属していた研究開発本部は外国人が多く、苦手な英語も多少はましになり、また異文化に接するという点でも、とても勉強になりました。研究面では、微生物のグループに配属され、これまで触れたことのない分野の仕事は楽しかったのですが、学生時代に感じていた「できないかも知れないこと」に挑戦するほどのスリルはなく、与えられる仕事は(ビジネスとして考えれば仕方がないのですが)、「努力すればできる」という見通しが簡単に立つものばかりでした。さりとて、空いた時間に新しい研究を立ち上げるほどの力が自分にないことも感じられ、「もっと勉強したい」と思うようになりました。そこで、恩師酒井教授に相談し、博士課程に進学して研究することにしました。退社時には、進学するのはよいことだと、社内のいろいろな方に励ましていただき、とても嬉しかったのを覚えています。

博士課程へ進学そして助手へ
 大学に戻ってみると、博士課程では修士までとは全く異なる仕事が待ち受けていました。学部・修士時代に自分の研究だけを考えていたときに見ていたものとだいぶ違うものが見えて、面白く思いました。早大には学生と助手が両立できるという便利なシステムがあり、私はD3で助手も兼ねていましたが、博士号を取得したあとは、これまでとは異なる研究をしたいと思い、恩師の了承を得て、公募に応募しました。その結果、成蹊大学工学部の助手に採用され、これまで見たことも聞いたこともなかったTOF-SIMS(飛行時間型二次イオン質量分析法)をあつかうことになりました。募集要項にはSIMSという装置があると書かれていましたので、面接の前日に大あわてで図書館に駆け込み、SIMS(二次イオン質量分析法)という本を探し出して、まさに一夜漬けで読みました。偶然にもその本の著者の一人が、結果的に私を採用してくださった工藤教授でした。そのような次第で、2003年から物理情報工学科という応用物理系の学科に所属することになりました。
 これまでSIMSを全く知らなかったことが幸いして、知らないからこそ思い切ったこともできたように思います。また上司である工藤教授ののんびりしているようで意外に厳しい指導のおかげもあり、楽しく充実した研究を行うことができました。TOF-SIMSという手法は、これまでは半導体などのいわゆる固い材料をターゲットに用いられていたようですが、私がこの分野に入ったときは、ちょうどバイオ材料への応用が始まったばかりの時でした。そこで私がこれまで研究していたバイオセンサなどをターゲットに新しいTOF-SIMSの応用を開発できたのは、とても運が良かったと思っています。成蹊に赴任して1年後に、大学の改修工事が私の所属する研究室でも始まり、半年以上実験ができなくなりました。このときは、実験できないので仕方なくデータ解析法の開発に取り組んだのですが、集中して解析法の勉強と研究に取り組むことができたのが、かえって幸いで、その後の研究に大いに役立つことになりました。教育面では、これまでの専門とは異なる物理系の学科でしたが、やってみると化学工学に近い部分も多く、化学工学は何にでも応用が利くということを実感しました。もっとも最初のうちは、忘れていて曖昧な部分も多く、本箱の奥深くから取り出した物理の教科書を読み返したりなどしましたが。
 
公募をめぐって
 さて、この拙文をお読みの学生のみなさんで、特に博士課程に進学してアカデミックな職を考えている方々がもっとも興味を持たれるのはここからだと思います。私は成蹊大学に赴任する際、5年以内によそへ移ることが条件として言われました。こうした任期は私が見た他の助手の公募でも多く見られましたので、特に悪い条件とは思わず受け入れました。そして、赴任後は上司の理解もあり、次の職を得るためにまた公募を探しましたが、最初はよく分からず、また「公募なんて言ってもホントは決まっているんだよ」、という噂もよく耳にし、不安でした。そのうち、少しずつ業績も増え、試しに応募してみた公募で、たまに面接まで引っかかったり、いろいろとアドバイスや激励をいただいたりする機会も得て、何となく希望が見えてきました。ただ、成蹊大の助手として勤め始めて3年目で、貫禄(?)が足りない等と言われており、まだ受からないだろうと思いましたが、出してみなければ分からない、と公募に挑戦していました。
 そして、昨年の秋に応募した島根大学生物資源科学部助教授の公募で、面接の通知をいただきました。その面接では、私はとても良い印象を持ったのですが、がっかりするのが怖いので、どうせダメだろうと思うことにしました。ところが、すぐに良いお返事をいただくことができました。やはり受かるときというのは、多分あちらにも良い印象を持っていただけたので、こちらも良い印象を持つのかな、などとぼんやり考えました。
 最後に、私のこれまでの経験といろいろな方々から教えていただいた情報を合わせて考えると、ポストを得るためには、まずは業績を充実させる、とにかく論文を書くことが大事です。恩師には、凡人はとにかく論文を書け!と教えられましたし、上司にもそのように励まされ、この数年間はとにかく書き続けました(後になってみると、もっとああすれば良かったという思いはいっぱいあるのですが)。それから、これは私の印象ですが、応募する際に本当にそこに受かりたいと思って準備すると、少なくとも良い線までは行けるようです。
 また、大学での研究は教育がセットになっています。研究室での学生指導も、なかなか波乱に富んでいて(?)楽しいのですが、講義も楽しい仕事と感じています。湘南工科大学で3年間ほど非常勤講師を勤めましたが、その時に感じたのは、教えるべき内容を把握して、いかに一人でも多くの学生に理解させるか、というのはなかなかスリルが(いつもうまくいくとは限らないのですが)あり、学会発表に勝るとも劣らない充実感があるということです。大学では学生指導も重要であるため、自分の研究ばかりを優先するわけにはいかない場合もあります。研究も好きだけど学生指導も楽しそう、やってみたい、と思える人は挑戦してみてください。とにかく目標を決めてそれに向かって努力すると、何とかなる、ような気がします。
 2005年3月から前述の島根大学生物資源科学部地域開発科学科で生物物理の研究室を担当します。これから本当に自分の力が試されるなあ、と不安も多くありますが、やはりこのスリルとワクワク感はやめられません。
  

研究室にて学生と、2003年成蹊大卒業式の日

青柳 里果(あおやぎ さとか)氏
成蹊大学工学部助手
(3月より島根大学生物資源科学部助教授)  
(最終学歴:早稲田大学大学院理工学研究科
博士課程 修了(応用化学専攻)) 
asatoka@nifty.com
(2005.2.22 掲載)  

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