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女性会員からのメッセージ No.1
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人生、寄り道・回り道
東京農工大学大学院  羽田麻衣子

 私は、現在、東京農工大学大学院で助手をしています。実は、現在の職に就くまでいろいろな場所を経由し、 まさにいろいろと寄り道をしながら歩いてきました。
 元来あまり勉強は得意ではなく(!)、さっさと社会に出てしまえるよう手に職をつけるために 普通高校ではなく工業高等専門学校(高専)の工業化学科へ進学したのですが、学年が進むにつれて 自分なりの勉強の仕方や面白みが分かりだし、卒業を目前に就職から大学進学へと針路変更をしました。 高専から大学へは、通常の大学入試ではなく「編入試験」を受けます。卒業研究をしながらの試験勉強の結果、 編入試験を何とかくぐり抜け、無事に東京農工大学工学部の3年次に編入学することができました。
 大学では相変わらず勉強に悪戦苦闘しながら何とか単位数を稼ぐ毎日。 何とか4年次に進級し、研究室に配属が決定。そこで初めて「晶析」という分野に遭遇しました。結晶を作る。 言ってしまえばたったそれだけのことなのですが、それが非常に難しい。そんなことを感じながら卒業論文を書き上げました。
 編入を決めた時点で、大学院への進学は自分なりに決めていました。せっかく進学したのだから、 もうひとつ先に進んだほうがいろいろと得るものも多いだろうと思いましたし、 何より大学進学を決めたときに、ある先生から「学生生活は長いほうが楽しい」といわれたことも大いに影響しました。 さて、修士課程も1年が過ぎる頃には、再び自分の身の振り方を考えなければならない時期になります。 さすがにそろそろ就職しなければ・・・と思いつつ、ほんの少しですが博士課程への進学も考えたりしていました。 しかし、これ以上両親に経済的な負担をかけてまで博士課程に進むことへの明確な理由を見出 せなかったため、就職に踏み切りました。折りしも、バブルが崩壊し数年が経過した頃でしたので、 工学部とはいえ就職状況は厳しくなっていました。晶析に絡んだ仕事のできる場所を求めて就職活動をしていましたが、 結果は思わしくありません。そんな中、研究室の指導教官にある会社を進められました。そこは晶析とはほとんど縁のない業種である印刷会社でした。 印刷会社というのだから印刷を生業としているんだろうなという漠然とした印象のまま企業説明会に行ったところ、 実は印刷だけではなくまるでおもちゃ箱のように色々な技術が詰まったところだということが 分かりました。その後、 面接を繰り返し、無事に内定をいただきました。
 無事に修士を修了し、真新しいスーツを着て、晴れて社会人になりました。今まで勉強してきたところとはまさに180度違う分野のため、 何を見ても珍しく面白いものばかり。さらに配属された先は思ってもいなかった「特許部隊」。特許なんて早口言葉でしか知らないよう な自分が何故特許に!?と思いながら、特許法と戦う毎日。慣れるまではそれこそ睡眠時間を削って勉強しなければなりませんでした。 それでも少し余裕ができてくると、「実は特許部隊って社内の全ての技術の集まる面白いところ」であることに気が付きました。 法律に関する勉強は大変でしたが、研究・技術・営業と実に様々な部門とともに仕事をすることで、発案から 市場に出るまでの流れを客観的に見ることができ、とても面白かったです。
 しかし、ある日、ふと「何かをやり残した感じ」がよぎりました。やはり、もっと晶析について勉強がしたい・・・。 やはり博士課程に進みたい・・・のかも。そんな想いが日に日に大きくなってきました。そこで研究室の先生に相談し、 会社を辞めて博士課程に進学することにしました。上司にこのことを伝えると、社会人ドクター制度についての説明をしてくださり、 会社にいても博士が取得できるので 考え直しては?といっていただけたのですが、会社から社会人ドクターとして進学する場合には、 業務に絡んだ内容の研究が主体となり「晶析」で博士を取ることはできません。かっこよく言ってしまえば、博士の称号に意味があるわけではなく、 晶析について勉強することが目的でしたので、会社を辞めて博士課程に進学をしました。2年間という短い社会人生活でしたが、 色々と貴重な体験をさせていただいたのにもかかわらず、自分のワガママで最後に会社や上司に膨大な迷惑をかけてしまったことは、 今でも申し訳なく思い返されます。
働いてきたときの蓄えと奨学金、そしてやはり両親の援助を受けて、私の博士課程生活が始まりました。2年のブランクはやはり大きく、 再び1から晶析の勉強をすることになりました。時には研究が思うように進まずイライラしたり落ち込んだりしましたが、 「会社を辞めてまで戻ってきたんだから、こんなことでへばってはイカン!」と自分を励ましつつ、何とか無事に博士課程を修了することができました。 博士論文を仕上げたときは、まだまだ欲求不満は満たされてないけれど、自分なりに一区切りが付いたな、とホッとしたのを覚えています。
 博士号を取得した後、中央大学の任期制助手公募に応募し、晴れて採用していただきました。中央大学では、 晶析とは少し離れた分野の表面化学研究室にお世話になりました。2度目の「これまでとは違う分野での生活」。 今度は初めからその違いを楽しみ、色々な人と知り合い、新しいことを吸収し、それを今までの知識とつなげていくことができました。 たった1年間でしたが、中央大学での生活は、大学の仕組みや私立大学と国公立大学の違いなどを身をもって知ることができ、 非常に貴重な体験ができたと思います。
 現在は、先に述べたように古巣の東京農工大学大学院に戻り、同じ研究室で助手をしています。研究室の学生とのやり取りや 自分の研究をする上で、これまでに経験してきたことが役に立つことも少なくありません。もしかしたら、ストレートで進学して博士号を 取得していたら一生経験することがないようなことも経験することができました。学部生のときに始めに希望していた研究室に進んでいたら、 「晶析」に遭遇することはなかったでしょうし、印刷会社に就職していなかったら、身の回りの印刷物がどのように作られているのかを 知ることはなかったでしょう。また特許部隊に配属されていなければ、会社の仕組みや自分の発明を権利化することの大変さや 面白さを知ることはできなかったと思います。
 私自身、今いる場所が最終地点ではないと考えています。この先、どんな方向に自分が進んでいくのか、 ある意味他人事のように楽しんでいる部分もあります。化学工学を学んでいる学生さんたちの中には、 今まさに就職活動に励んでいる学生の方も多数いらっしゃると思います。色々な道を模索して、 自分の進むべき道や進みたい道が分からなくなってしまうときがあるかもしれません。そんな時、少し立ち止まって回りを見てみて下さい。 自分の希望した道が必ずしも自分の思ったとおりではないかもしれません。もしかしたら、自分が希望した道の一本隣に もっと面白い道が開けているかもしれません。始めから自分の可能性を狭くすることなく、いろいろな方向に進んでみてください。 もし、そのとき選んだ自分の道を歩いている途中に違和感があったら、そのときはまた別の道を歩いてみるのも良いかもしれません。 道は一本道ではないはずです。必ず色んな方向に枝が伸びていて、それぞれ無限に広がっています。道を歩くことを目的にするのではなく、 時には回り道や寄り道をしながら、自分の満足のいく道筋を作っていってください。化学工学を学んでいる女子学生の皆さん、 そして今まさにその道を歩いていらっしゃる女性の皆さん、一緒に頑張っていきましょう! 

羽田麻衣子(はだ まいこ)氏
東京農工大学大学院 助手
博士(工学) 東京農工大学(応用化学専攻) 
m-hada@cc.tuat.ac.jp
(2004.9.30 掲載)  

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